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32 心月寺跡(しんげつじあと)

「心月」は初代朝倉孝景の祖父朝倉教景(のりかげ)の道号(どうごう)です。孫譲りで家督を相続した孝景は、祖父を偲んで心月寺を創建しました。現在の一乗小学校の西側の、山際一体の広い範囲が心月寺跡と考えられ、創建当時では一乗谷最大級の寺院でした。戦国時代の心月寺の様子について、詳しいことは分かっていませんが、明応4年(1495)、奥州(おうしゅう)の大名白川政朝(まさとも)が物詣(ものもうで)のために上洛する際、心月寺に寄宿しました。そのときに寄宿を依頼した書状によると、馬50疋、人数700人の大部隊が宿泊できたと推定されます。心月寺の当時の規模はそのような大部隊が宿泊できるほどの大きさだったようです。