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16 平面復原地区 医師

ここは、平面復原地区の中の医師の屋敷跡と考えられるところです。薬の調合道具や「湯液本草(とうえきほんぞう)」という医学書の一部が発見されています。当時は、戦乱で荒廃した京都から多くの公家や僧侶、学者、芸能者などが一乗谷に下向(げこう)してきており、手厚いもてなしを受けていました。丹波(たんば)、半井(なからい)などの名医も一乗谷に下向していました。中国の医学を修めた谷野一柏(たにのいっぱく)もその一人でした。朝倉4代孝景の要請により、谷野一柏は、中国の医学書「八十一難経(なんぎょう)」の校正と出版を行いました。医学書としては、国内2番目の古さになるものです。一乗谷には、国内でも最高レベルの知識を持つ医師たちが存在していたのです。