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22 朝倉館跡・唐門(あさくらやかたあと・からもん)

ここは、全国で唯一発掘整備された戦国大名の館跡である朝倉氏5代目の朝倉義景の館跡です。この館は朝倉義景が政治など諸事を行っていたところで、城下町のほぼ中心に建てられています。この朝倉館の敷地面積は約6400㎡あり、同時代の京の細川管領(ほそかわかんれい)邸にも匹敵するもので、全国に名をはせた朝倉氏の居館にふさわしいものです。土塁の内側の平坦地には、10数棟の建物が整然と立ち並んでいました。これらの建物は、大きく2つの区画に分けられ、1つは、南半分の敷地を占め、主殿(しゅでん)を中心とした接客の機能を持つ施設群になっています。会所(かいしょ)や数寄屋、特別名勝のひとつである朝倉館庭園や日本最古の花壇遺構などがみられます。この主殿では、後の15代将軍足利義昭が一乗谷を訪れた際、大変雅で豪華な宴が催されたようです。もう一つは、常御殿(つねごてん)を中心に北側に位置するもので、主人の日常生活の場となっており、台所や湯殿(ゆどの)などがみられます。ここからは、茶器や花器などの中国製陶磁器の逸品が出土していて、戦国大名の栄華と華やかな一乗谷の文化をうかがい知ることができます。館は、三方を幅8m、深さ4mの堀と土塁で厳重に守られていて、背後の山には、守りの要である山城の跡があります。また、背後の高台には、北から順に、南陽寺跡(なんようじあと)、湯殿跡(ゆどのあと)、中の御殿跡(なかのごてんあと)、諏訪館跡(すわやかたあと)があり、当主一族の住居が集まって建てられていました。館の正面・西門には、一乗谷朝倉氏遺跡のシンボルである唐門があります。この門は、朝倉5代目義景の菩提を弔うために江戸時代に建てられたと推定されています。春には門の脇の薄墨桜(うすずみざくら)が美しく、夜間のライトアップもされています。また、朝倉館の東南部には、義景の墓所があります。