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21 南陽寺跡(なんようじあと)・特別名勝一乗谷朝倉氏庭園 南陽寺跡庭園

南陽寺は朝倉氏一族により創建されたと伝えられる尼寺です。仏殿とされる建物と庭園が確認され、庭園は特別名勝に指定されています。約5,000㎡の規模で、当時は、「北国(ほっこく)でもたぐいまれ」といわれていたほどでした。永禄11年(1568)春、朝倉5代目義景は、この南陽寺に、後の15代将軍足利義昭を招いて、「桜を楽しむ歌会」を盛大に開催し、もてなしました。そのときの二人の歌が伝えられていますので、紹介します。足利義昭「もろ共に 月も忘るな 糸ざくら 年の緒ながき 契と思はば」これは、義景に向けて、長い付き合いを望むといった意味と考えられています。義昭の歌に対して、義景は、「君が代の 時にあひあふ 糸桜 いともかしこき けふのことの葉」とこたえました。 これらの歌からも当時の繁栄ぶりや華やかな文化がうかがえます。しかし、義景は、足利義昭の期待に反して一乗谷から動かなかったため、足利義昭は一乗谷を離れ、織田信長を頼って岐阜に移りました。