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2 西山光照寺跡(にしやまこうしょうじあと)

戦国時代に隆盛(りゅうせい)を極めた天台宗(てんだいしゅう)真盛派(しんせいは)の大寺院跡で、朝倉氏一族内の争いに敗れた、初代朝倉孝景の叔父の鳥羽将景(とば まさかげ)の菩提を弔うために建てられました。後に、盛舜上人(せいしゅんしょうにん)によって再興された寺院と伝えられています。これまでの発掘調査で、340体以上の石仏・石塔、巨石を用いた石垣や溝、本堂跡などが見つかっています。ここでは、礎石(そせき)建物跡や、陶磁器などが出土した地下式倉庫跡、溝跡、石積施設跡などの遺構を見ることができます。寺院跡には、3mほどの大きな石仏をはじめ40体ほどの石仏が向い合うように並んでいます。山際の平坦地に、本堂などの中心的な建物があったと考えられています。奥の山道を登ったところの平坦地には墓地跡があり、石仏や石塔が多く残っています。